食品ロスから考える日本の食の未来
前編|日本の食品ロス量って?食品ロスが生まれる背景とは?

2019年に「食品ロス削減推進法」が成立。人々の関心は高まりつつあるものの、ニッポンの食と農が危ない!? 東京農業大学・副学長の上岡美保さんに日本の食品ロス量や食品ロスが生まれる背景について聞いた。
東京農業大学 副学長
国際食料情報学部 国際食農科学科教授
上岡美保(かみおか みほ)
博士(農業経済学)。食料消費や食育について研究。農林水産省「食育推進会議」委員。著書『食生活と食育―農と環境へのアプローチ―』(農林統計出版)ほか。
日本の食品ロス量、知っていますか?

年間約472万t。2022年度の日本の食品ロスの総量だ。世界の年間食料援助量とほぼ同じ量であり、なんと半数が家庭から出される食品が占める。
「食品ロスはただ食べ物を廃棄することと思われがちですが、3つの原因があります。ひとつ目は賞味期限、消費期限が過ぎたからと捨てる直接廃棄。ふたつ目が過剰除去で、調理時に腐っていると判断して捨てたり、皮を厚くむき過ぎたりするなどです。3つ目に食べ残しがあり、食べ残しと直接廃棄で85%以上を占めます」と東京農業大学で食料の消費構造や食育の効果を研究する上岡美保さんは説明する。

日本の年間食品ロス量は、2000年度の約980万tから2022年度には約472万tと減少した。ただしそれでも世界の年間食料援助量のほぼ同じ量に匹敵する量だ。ここ数年間で食品ロス発生量は減少しているものの、依然として家庭などからのロスが全体の約半分を占める。さらなる消費者の意識改革が求められているのだ
※消費者庁「食品ロス削減関係参考資料」を基に作成
日本は「飽食の国」といわれて久しい。しかし、食料自給率はカロリーベースで38%(2023年度)と先進国の中でも最低レベル。自国外に頼る割合が高いほど、紛争や自然災害などで輸入が突然途絶えたり、価格が急騰して、国内の食料供給が不安定になるおそれがある。
誰もが安定して食べ物を得られる「食料安全保障」を高めるためには、国内での安定した食料生産も重要となるのだ。「総人口が減っているから大丈夫でしょう?と言う人がいますが、同時に農業に携わる人口も減っています。気がついたときには手遅れだった、では済まないのです」
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食品ロスが生まれる④つの背景
①食品への感謝の薄れ
家族のかたちが変化し、共働きの家庭が増えることで、外食など食の外部化が増えた。さらに、食品が簡単に手に入る現代、人々は食材の価値や料理をつくる人への感謝を忘れがちであり、食品を廃棄することに対して抵抗感が薄れている。
②食と農の距離の乖離
生活の中で農林水産業にかかわる機会をもつ人が少なく、生産者と消費者の接点がないため、食の背景にあるつくり手の苦労が見えにくい。いくつもの加工段階を経て責任の所在があいまいになることも、食品廃棄に罪悪感をもたなくなる一因に。
③フードシステムの深化
いつでもどこでも食べ物を手に入れられる大量生産・大量消費を基本とする食品産業の構造が、流通過程や消費段階での過剰供給や廃棄を引き起こしている。地域を問わず日本全国に画一的な味が広まり、各地の伝統食・文化の衰退を招く可能性も。
④味ではなく情報を食べている
食品の選択が自身の五感や味覚ではなく、賞味期限や消費期限といった情報に依存する結果、まだ食べられるものでも廃棄されるケースが増加。直接廃棄の大きな原因に。短い消費期限の設定には、消費者が新しいものを求める意識が影響している。
食品ロスを生み出す背景には、日本の暮らしの変化がある。
「家族のかたちが、何世代もが同居した大家族から核家族になり、かつては当たり前に家庭で行われていた食の教育や、家庭料理の技術が受け継がれにくくなりました。これは過剰除去にもつながります。食のアウトソーシングが増えることで、料理をつくる苦労を感じにくくなったことも食品廃棄につながるひとつの要因です」
また、フードシステムの深化も原因のひとつ。「食の外部化で人々が画一的な味に慣れ、味覚を鍛える機会が失われています。過去にいくつかの地域で調査したのですが、各地域で伝統的な食事を食べたことがない子どもが多くを占めました。また別の調査では、甘みや塩味、苦みなどの基本五味のうち、旨みを感じられない若者が増えているという結果もあります」

さらには食と農の距離の乖離という問題もある、と上岡さんは指摘する。「いまの農業問題の根本は、私たち一般の国民が農林水産業にかかわる機会が圧倒的に少ないことです。農家の方々の苦労が身近に感じられず、感謝の気持ちが薄れていることも食べ残しなどにつながっています」
たとえば、日本のどこにいても国内外のものが食べられるほど流通が発達するとともに、食が外部化し、食生活が便利で豊かになる一方で、農産物の多段階流通や食品の加工段階が複雑になり、つくり手と消費者との距離が地理的、段階的、時間的に乖離した状況となってしまった。
「多くの人が認識していませんが、農業には食料生産以外にも多面的な機能があります。たとえば豊年祭や収穫祭といった文化伝承機能。行事は伝統的な食事とも結び付いているので、農業の衰退が食文化にも影響します。また、農地には大雨が降ったときの土砂崩れ防止、地下水資源の確保といった役割もあり、農業、農村がなくなると防災やコミュニティ形成などの機能もすべて失われてしまうのです」
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できることとは?
text: Seika Mori photo: Tomoaki Okuyama
2025年6月号「人生100年時代、食を考える。」