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食文化と農産業に育てられる
「農大稲花小」の6年間
前編|新旧校長が語る6歳からの食育の可能性とは?

2025.6.18
食文化と農産業に育てられる<br>「農大稲花小」の6年間<br><small>前編|新旧校長が語る6歳からの食育の可能性とは?</small>

2019年に開校した東京農業大学稲花とうか小学校。大学の教育・研究資源をフル活用した、興味深い教育の中身に迫る。今回、東京農業大学稲花小学校初代校長の夏秋啓子さんと東京農業大学稲花小学校2代目校長の杉原たまえさんに話を聞いた。

東京農業大学稲花小学校 初代校長
夏秋啓子(なつあき けいこ)さん
東京農業大学名誉教授。農学博士。2019年度の開校から2024年度まで農大稲花小校長。専門分野は植物病理学。最近は子どもの食農教育・科学教育などにも範囲を広げている。

東京農業大学稲花小学校 2代目校長
杉原たまえ(すぎはら たまえ)さん
学術博士。2025年度より現職。教授としては、国際食料情報学部国際農業開発学科で南西諸島や南太平洋地域を中心に、在来植物資源の利用開発や農村振興に関する研究を行う。

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食や農の体験活動を通して、
世界や社会の在り方を学ぶ。

開校から6年間、東京農業大学稲花小学校の初代校長を務めた夏秋啓子さんと、2025年度から2代目校長に就任した杉原たまえさんが、小学校設立の背景や学びの特色、子どもたちに託す未来について語った。

夏秋 開校前、東京農業大学においては「小学校から大学院まで一貫した学園を」という構想がありました。子どもって食べ物や生き物が大好きでしょう?これらは東京農大の研究テーマです。東京農大が小学校をつくれば、「生き物」、「食」、「環境」のすべてが伝えられます。そうして農大稲花小は誕生しました。

杉原 私の校長就任は思いもよらないことでしたが、東京農大での30年間の経験が生かせると思い引き受けました。農大稲花小の特徴は、学術的な知見だけでなく、東京農大の「学生を家族のように育てる」精神が息づいていると感じています。

夏秋 そうですね。体験活動を重視する「稲花タイム」という授業では、2~3コマをつなげてひとつのテーマに取り組みます。校名にもあるように稲に関する学びを大切にしていて、田んぼに足を運び、田植えや稲刈り、生き物の観察をします。1年生は古代米の標本をつくり、2年生はワラジやゴザなど昔の道具や暮らしにも触れてもらいます。生物、あるいは食べ物として稲を複数の視点から学んでいただくことを大切にしています。

杉原 大学との連携があるからこそ実現できる学びですよね。私は農村開発社会学を専門にしていて、トンガなど南太平洋や日本の南西諸島などで活動してきました。今後、そういった地域の小学校との交流もしてみたいです。

夏秋 「冒険心の育成」は農大稲花小の教育理念ですから、杉原さんのご経験が子どもたちを刺激することに期待しています。子どもたちは本当に素直で多様な食べ物に興味をもちますし、土を触って楽しいと感じ、農のおもしろさを学び取っていますから。給食に登場した珍しい食材も友だちと一緒なら食べてみようとトライする。いろんな挑戦が子どもたちの経験の幅を広げていると思います。

杉原 幼少期から食の教育を考えることは重要ですよね。現代の子どもたちは、食べ物は「冷蔵庫にあるもの」か「スーパーで買うもの」としか思っていないことも多い。農大稲花小では、「誰が」、「どうやって」育てたのか、栽培体験を通して命とつながっている感覚をもてるよう指導します。食に対する感謝の気持ちも芽生えるでしょう。世界には3人に1人が食料に困っている現実がありますが、食や農を通して、世界や社会の在り方まで見つめてほしいです。

夏秋 田植えや稲刈りを行っている小学校は多いですが、農大稲花小の特徴は、「専門家と一緒に行う」ことです。東京農大の教授や学生、留学生、卒業生である生産者などと、多くの方がかかわってくださっています。田植えにおいてもただ苗を植える体験だけではなく、先生が苗の植物的な特徴や田んぼの生態系まで教えてくれる。田んぼの土の層構造や、稲狩り後に「稲架掛け」で天日干しする意味まで深く学べます。体験授業は小グループで行い、1学年72人の一人ひとり全員が体験します。鎌を使うそばにはアシスタントの東京農大生がいて、けがしないようにサポートしてくれる。大学生にとってもよい経験ですし、子どもたちにとっては兄や姉のような存在になりますから。

「稲花タイム」は農大稲花小らしい体験活動を中心とした授業を行う時間。農業や食、生き物、環境への興味を高めるため、大学や企業から講師を招くこともある

杉原 日本の農を学びに来た留学生との交流もあります。インドネシア、アフガニスタン、メキシコなど……。相互的に、国際理解教育にもつながっていますね。

夏秋 1年生から授業で英語に親しみ、留学生に「好きな色は?」、「兄弟は何人いるの?」と質問する。簡単な質問ですが、留学生も楽しく受け答えしてくれています。

杉原 食育の面でも多様性につながっていきますよね。

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給食から学ぶ
日本の伝統と世界の文化

 
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text: Seika Mori photo: Tomoaki Okuyama
2025年6月号「人生100年時代、食を考える。」

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